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2006年9月22日 (金)

炎上禁止

 栃木は小山と神奈川の足柄から、同じ日に火災後の消臭で相談が来ました。コンクリート住宅と集合住宅で、結構きびしく燃えたらしい。
 以前の記事でも燃えた住宅の消臭作業を紹介しましたが、『ススを払って、焦げたコンクリート削って、オゾンで染み込んだ焦げ臭消して、コンクリートの奥からにじみ出してこないように防臭コートかけて……』で標準的な3LDKでだいたい10日はかかります。煙はありとあらゆる隙間に入り込みますので、完全100%の消臭ってのは不可能に近いです。
 ですからなるべく火事は出さないように、好んで火事出すヒトは……。いるか……、火災原因のトップ、放火だもんな……。
 会社の前の小滝橋通り、夏の間はあまり聞く回数が少なかった消防の出動。気のせいか9月に入るとサイレンが通って行くようになった。昨日も出場して行ったし……。
 ウチの近所でも去年は2度、消防車が道をふさぐ状況が出現していました。一度はボヤで、もう一度は場所不明の119番。そういえば駅前のビルで、バルサン焚いて報知器が誤作動して駅前通り通行止めになったこともありました。

 その程度ならまだ良い方ですが、近所で焼死が出ちゃったらもの凄く気分が悪いでしょうね(不思議の森の泉)。それが顔まで知ってる人だとなおのこと……。
 これから家庭用火災報知器が義務化になると、誤作動でますますカラ出場回数が増えるのではないかと心配したり……。
 かつて江戸の町民は、もう「いずれ火事に遭うのは仕方ない」って諦めて暮らしていたようですが、同じ時代でも大阪の町民は火災に慣れていなかったようです。大塩平八郎の乱による火災では、相当のパニックが発生したとか。まあ……、火災って言っても大砲に火矢じゃパニックになるのも当然か……。
 今日はちょいとお休みを取っておりまして、これから出雲に行ってソバ食べて来ます。それにしても、夏休みの5休日、結局1日しか取れなかった……。まあいつものことなんだけど……。

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コメント

ーーかつて江戸の町民は、もう「いずれ火事に遭うのは仕方ない」って諦めて暮らしていたようですが、同じ時代でも大阪の町民は火災に慣れていなかったようです。ーーこれについては、いずれブログしようと思っているんですが(現時点では、記憶が不確か)江戸時代の貸家では、江戸では、3年程で、元金がとれるような普請での長屋だったそうです。(確か大災の周期が5年だったか、7年だったかで)で大阪は、それより2?3年程長い年での元金(建築費)回収での普請だったと記憶してます。建築期間も相当短いんですね。200万住宅的には、江戸時代の頭領には大いに学ぶ点ありです。

ららさん、ぜひお願いします!江戸時代は人件費が安かったのと、耐久性を求めていなかった所為でしょうかね?町火消しの消防活動は人力による家屋引き倒しでしたが、後世の家屋じゃそれは無理だったようで。昭和の戦争中に行った下町あたりの防火線作りには、戦車がやって来て引き倒し作業を行っていました。

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