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2007年2月 1日 (木)

恵方巻きの歴史?戦国黎明編

 え?と……。昨日までのアクセス記録がリセットされちゃってますけど……。節分なんで“鬼やらい”されちゃったのでしょうか? 来年の話をすると鬼が嗤うって言いますが、過去の話だと嘆くのでしょうかねぇ?

 会社の前にある町内会の掲示板にも、豆まきイベントの案内が出ております。豆まきには炒り豆を使うってのが鉄則のような気がしますが、北海道は南京豆でした。“南京豆”って使って良いのか? 大陸の方から抗議来たりしないのかな? ちなみに“殻付きピーナッツ”のことですよ。ロンドンの一流ホテルで発生していたのは南京虫。
 南の島に亡命している政府の首都名を冠しているのですから、さぞ大量発生したのでしょうね。どうでも良いけど……。

 で、もういっこの節分名物らしいのが“恵方巻き”ですな。何やらいろいろな業界の思惑たっぷりなニオイがしますが……。先月もちょこっと記事にしちゃったけど、じつはまだちまちまと調べていたりします。
 『もともとは関西の慣習で、10年前なら関東で知っている人はほとんどいなかった(iza)』とよく言われていますが、私は30年以上も前に函館か室蘭のスーパーで『恵方を向いてのり巻き丸かぶり』ってポスター見ています。ちなみに、江別の実家ではやりませんでした。大阪のママさんは、子供の頃から丸かぶりやっていたそうですな(今年ママになりました)。

 “Wikipedia”によりますと、『豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が、偶々節分の前日に巻き寿司のような物を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたという故事を元にしているという説もある』なんて記述もあります。
 しかしこれは、かな?り怪しい。板海苔が発明されたのは江戸中期だって基本的なこともさることながら。あのご時世の武士ってのはメチャクチャ質素な生活を送っていたはず。「蓼の塩漬けで飯を食ったが美味かった」と言ったら「蓼は贅沢だ」ってたしなめられたくらいですから。武士たるもの、汁と飯で充分であるってコトですな。
 出陣にあたっての祝いの膳だって、“打ち鮑・勝栗・昆布”たったこれだけ。『打ち勝ってよろこぶ』って縁起担ぎだそうです。で、戦勝祝いの膳も乗ってるモノは同じだそうだ。ただし順番が変わって“勝栗・打ち鮑・昆布”今度は『勝って打ちよろこぶ』となるんだそうな。
 そんなこんなで……、やっぱ戦国時代起源ってのはありえない。

 お次は……。『江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったといわれる』ですか。恵方巻きの記事を書く人のほとんどが、この説を採り上げていらっしゃいます(拓海の別館)。

 時代は確かにのり巻き発明の頃と合ってますな。しかしこれ、果たして大阪商人が見たこともない江戸の食べ物に飛びつくかどうか甚だ疑問です。何せ、寿司なら大阪の押し寿司の方がはるかに歴史が長い。しかも長いままのものを手に持って囓って食べるなんて、そんな江戸式の乱暴な真似をしたがるかどうか。非常に根拠として弱いですねぇ……。

 しかし『食べている間にしゃべってはいけない(フリーアナウンサー土井里美)』そうですが、太巻きを丸々一本食べる間無言ってのはなかなか苦しいぞ。さらにニコニコ笑顔を浮かべるってのは(Weblog-System)もっと苦痛だぞ。
つ?か。それじゃのり巻きリバースしちまうだろsign01

明日は『恵方巻きの歴史?花街叙情編』をお送りいたします。

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コメント

 師匠 ワタクシ、最近まで恵方巻きなるものを知りませんでした。マ、実家が船場の商人ではなかったから当然でしょうが。 大阪といえば、やはり、押し寿司、箱寿司です。師匠の御説のように、流布している起源にワタクシも疑問を持ちます。コンビニの戦略じゃないかと・・・。船場の人の意見はどーなんてんでしょうかね。

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